東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6204号 判決 1982年2月25日
原告
佐々木幸一郎
ほか一名
被告
国
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し、各金一五六一万三六三〇円及びこれに対する昭和五一年七月四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨。
2 仮定的に、担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者の地位
原告らは、後記事故により死亡した訴外亡佐々木秀雄(以下、亡秀雄という。)の両親であつて、同人の相続人である。
亡秀雄は、昭和五〇年三月陸上自衛隊に入隊し、同年八月二七日以降第九対戦車隊に所属し、昭和五一年七月二日当時対戦車誘導弾操作手として勤務する一等陸士であつた。
2 事故発生に至る経緯及び事故の状況
(一) 亡秀雄は、昭和五一年七月二日、前記第九戦車隊の「昭和五一年度第二期第一週訓練実施予定表」に基づき、三等陸尉藤野哲郎(以下、藤野教官という。)が教官となつて実施した車両行進及び宿営地進入訓練に被教育者として参加し、他の被教育者七名と共に当日の訓練実施計画に従い、午前八時四五分ころ参加車両八両構成のうち、助手席に助教である車長の三等陸曹堀籠信夫(以下、堀籠助教という。)が乗車する第七車(先頭から七両目)の四分の一トントラツク(車両番号〇二―九六一八、以下、本件車両という。)を運転して、目的地である岩手県岩手郡西根町平笠地内焼走りに向けて岩手駐とん地を出発した。
なお、当日の訓練コースは、岩手駐とん地から大石渡、沼宮内、寺田、平館、北森、寄木、田頭を経て焼走りに至る六二・七キロメートルであるが、帰路は、田頭まで約八キロメートル右訓練コースを戻り、同所を右折して右訓練コースには組み入れられていない国道二八二号線に至り、同国道を経て岩手駐とん地に帰隊するコースが計画されていた。
(二) 参加車両は、岩手駐とん地から好摩、沼宮内を経て、第一休止点である寺田において約一五分間休憩した後、目的地に向けて出発し、平館、田頭を経て、午前一〇時五五分ころ目的地である焼走りに到着した。
(三) 参加車両は、休憩後午前一一時一五分ころ、同所を出発して田頭へ向かつたが、午前一一時三〇分ころ、岩手県岩手郡西根町平笠字上坊地内県道焼走り線上の見通しの悪いカーブ(進行方向右に約四五度カーブし、下り勾配約一五パーセント、道路の幅員五メートルの箇所)において、亡秀雄は、急激なハンドル操作をしたため、本件車両が道路上に横転した際車外に投げ出され、頭部を強打して受傷し、同月四日午前九時二〇分盛岡日赤病院において、脳挫傷、血しゆ型呼吸まひにより死亡した(以下、本件事故という。)。
3 責任原因
(一) 被告は、公務を遂行する国家公務員に対し、その遂行する公務の管理に当たつて、国家公務員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき、いわゆる安全配慮義務を負つているものである。
亡秀雄が参加した訓練は、隊員の車両運転技術の向上練成の目的で計画されたものであり、藤野教官は、この訓練教育の計画、立案、決定及び実施に当たつて、指揮、監督及び指導する立場にあつた者であり、堀籠助教は、藤野教官の作成した訓練計画にのつとり、同教官の指揮、監督を受けながら、その計画を具体的に実施する立場にあつた者である。
したがつて、藤野教官は、被告の履行補助者として右訓練教育の計画、立案、決定及び実施に当たり、亡秀雄の生命、健康等に危害が及ばないよう未然に防止する義務があり、堀籠助教も、被告の履行補助者として藤野教官の指揮、監督を受けながら右計画を具体的に実施するに当たり、亡秀雄の生命、健康等に危害が及ばないよう未然に防止する義務がある。
藤野教官及び堀籠助教の負つていた義務内容を詳述すれば、次のとおりである。
(1) 藤野教官は、本件訓練に参加する運転者の選定に当たつて、その訓練の内容、程度等と参加させようとする隊員の技量の程度等とを対比して、車両の安全運行に危険があるか否かを判断し、危険が予想され、または予想され得るときは、その隊員を参加させないようにする義務がある。
ところで、亡秀雄は、本件事故当日まで、四分の一トントラツクの運転経験は走行距離にして五六キロメートルしかなく、しかもその運転経験は、隊内での給油、モータープールから隊舎までの移動等であつた。そして、亡秀雄は、四分の一トントラツクについては正規の訓練も受けておらず、加えてこのトラツクは、他の車種のトラツクと比較して重心が高く安定性が劣つており、他の車両とは異なつた運転技量を必要とするものであつたから、亡秀雄の運転技量は四分の一トントラツクに関しては未熟であつた。
更に、本件事故現場は、前記のとおり見通しが悪く、傾斜のある道路が急カーブする箇所であつたから、運転技量の未熟な亡秀雄が運転操作を誤り、急激なハンドル操作をするなどの危険が予想され得るものであつた。
したがつて、藤野教官は、亡秀雄を本件訓練に参加させ、本件車両を運転させるべきではなかつたのに、右の危険性を看過し、又は危険がないものと誤つて判断し、亡秀雄を本件訓練に参加させ、本件車両を運転させたものである。
(2) 次に、藤野教官は、本件訓練コースを選定するに当たつて、使用車両の特性及び被訓練者の練度を考慮し、それに応じた安全な道路を選定すべき義務がある。
ところで、前記のとおり、四分の一トントラツクは、重心が高く操縦は不安定であり、しかも亡秀雄の右トラツクに関する運転技量は未熟であつた。
また、本件訓練コースのうち、本件事故現場から焼走りまでの約三キロメートルの間は急カーブの多い急勾配が続き、本件事故現場道路はアスフアルト舗装されていたが、そこから一キロメートル先から焼走りまでは砂利道の山岳道路であつたから、この道路を四分の一トントラツクで走行するにはかなり高度の運転技量を要するものであつた。
したがつて、藤野教官は、亡秀雄をして本件訓練コースを四分の一トントラツクで走行させた場合、危険がないか否かを事前に実際に右トラツクを使用して充分調査すべきであつた。
ところが、藤野教官は、単に私有車を使用して道路の位置、距離、所要時間等を調査したにすぎず、四分の一トントラツクの特性及び亡秀雄の運転技量の程度との対比において、本件事故現場付近の道路を選定して訓練させることが危険であるか否かを充分調査しなかつた結果、訓練コースの選定を誤つたものである。
(3) 第三に、藤野教官は、訓練計画の立案策定に当たつては、訓練の特性に応じた進行速度、車両及び人員の配置並びに被訓練者に対し訓練コースの特性とこれに応じた運転方法を周知徹底させ、もつて訓練を安全に実施すべき義務がある。
(ア) 本件訓練計画によれば、焼走りからの帰途田頭までは毎時二五キロメートルの速度で車両を走行させる予定であつたと考えられるが、四分の一トントラツクは重心の位置が高く安定性が劣るうえ、本件事故現場付近は急勾配の下り坂と急カーブが多いから、藤野教官は、毎時二五キロメートルよりももつと遅い安全速度で慎重に運転する訓練計画をたて、それを実施するよう、堀籠助教及び亡秀雄に対し周知徹底させるべきであつた。
(イ) 藤野教官は、堀籠助教に対し、被訓練者である亡秀雄の四分の一トントラツクの運転経験、技量、運転傾向、性格及び訓練コースの特性に対する運転方法等について周知させ、助教固有の教育、指導を行うよう指示すべきであるのに、これを全く行つていない。
(ウ) 藤野教官は、本件訓練中は八両の車両の先頭車に乗車していたが、参加運転手の中では一番技量未熟な亡秀雄の車両を最も監視し易い第二車に配列すべきであつたのに、監視の届かない第七車に配列して適切な配慮をしなかつた。
(4) 堀籠助教は、藤野教官の指揮、監督を受けながら、直接亡秀雄に対し、車両の助手席において運転方法について具体的に指導、助言すべきであつたのに、これを怠り、漫然と運転未熟な亡秀雄の運転を放置していた。
被告は右(1)ないし(4)のとおりの内容の安全配慮義務を負つているところ、被告の履行補助者である藤野教官ないし堀籠助教が前記各義務を履行しなかつたため本件事故が発生したものであるから、被告は、民法第四一五条により、損害賠償責任を負う。
(二) 前記(一)の事実によれば、本件事故は、公権力の行使に当たる公務員である藤野教官ないし堀籠助教が職務執行中にその過失によつてひき起こしたものであるから、被告は、国家賠償法第一条第一項により、損害賠償責任を負う。
4 損害
(一) 亡秀雄の逸失利益
(1) 亡秀雄は、昭和三一年八月一三日生まれの男子であり、本件事故当時一等陸士一号俸月額金八万五〇〇〇円の俸給を受けていたが、本件事故により死亡しなければ、少なくとも停年の満五〇歳に達する昭和八一年八月一二日までの三〇年一か月間にわたつて陸上自衛隊に勤務し、各年別に別表第一記載のとおりの給与、合計金八二八六万七九八〇円を得、停年時には、次の計算式のとおり、退職金として金一四四六万七二六六円な得ることができたはずである。
235,700(俸給月額)×61.38(支給率)=14,467,266
(2) 亡秀雄は、停年退職後は、直ちに少なくとも一〇人ないし九九人を雇用する規模の企業に就職し、満六七歳まで一七年間にわたつて就労し、その間各年別に別表第二記載のとおりの収入(昭和五二年賃金センサス第一巻第一表の産業計で右規模の企業における旧中・新高卒の男子労働者の当該年齢の平均賃金額)を得ることができたはずである。
(3) そして、亡秀雄の生存に要する生活費は、年間所得の五〇パーセントであつたから、その割合による額を右各収入から控除し、右期間中の逸失利益につきライプニツツ式計算法により各支払期日までの年五分の割合による中間利息を控除して現在価額を算定すると、別表第三記載のとおり、合計金二五六九万六九七〇円となる。
(4) 原告らは、亡秀雄の両親として右金額の各二分の一の金一二八四万八四八五円を相続により承継取得した。
(二) 慰藉料
原告らは、長男に先立たれ、多大の精神的苦痛を受けたが、これを慰藉するには、少なくとも各四〇〇万円が相当である。
(三) 葬儀費
原告らは、亡秀雄の死亡により、その葬儀費として少なくとも各金二五万円を支出した。
(四) 合計
以上の損害賠償債権額を合計すると、原告各自につき金一七〇九万八四八五円となる。
(五) 損害の填補
(1) 原告らは被告から、国家公務員災害補償法による遺族補償一時金三二一万七〇〇〇円、葬祭補償金二二万一五一〇円、遺族特別支給金及び遺族特別援護金各金一〇〇万円、亡秀雄の退職手当金三三万一二〇〇円、以上合計金五七六万九七一〇円を受領した。
(2) 右金額を二分した金二八八万四八五五円を各原告が取得した前項記載の損害賠償債権額からそれぞれ控除すると、各金一四二一万三六三〇円となる。
(六) 弁護士費用
以上のとおり、原告らは被告に対し損害賠償債権を有するところ、被告が任意にその履行をしないので、原告らは、原告ら訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任し、各金一四〇万円を支払うことを約した。
5 そこで、原告らは被告に対し、前記4(五)(2)及び(六)の合計である各金一五六一万三六三〇円及びこれに対する債務不履行(不法行為)の日である昭和五一年七月四日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(一)ないし(三)の事実は認める。ただし、事故現場付近道路の下り勾配は約四パーセントである。なお、事故の状況を詳しく述べると、次のとおりである。
亡秀雄は、焼走りから田頭に向けて本件車両を運転して事故現場の右カーブに差しかかつた際、道路の最短コースを走行してカーブを通過しようとして、突然道路の中央を越えて右側部分に進入して走行したが、右側に寄り過ぎ、道路から脱輪しそうになつたため、あわててハンドルを左に切つたところ、今度は道路の左側に寄り過ぎ、左前輪が道路から脱輪しそうになり、更に右にハンドルを切つたところ、本件車両が路上に横転したものである。
3 請求の原因3についての認否及び反論
(一) 本件事故が藤野教官ないし堀籠助教の安全配慮義務不履行又はその過失によつて発生したものであることは否認する。
本件事故は、亡秀雄が事故現場のカーブを曲がる際に、前記のような異常な運転操作をしたために発生したものであつて、藤野教官はもち論のこと、本件車両に同乗し、亡秀雄を直接訓練指導をしていた堀籠助教でさえ、亡秀雄がこのような異常な運転操作をすることを知る由もなく、これを制止する余裕がなかつたものであり、もつぱら亡秀雄の過失により発生したものであるから、被告の安全配慮義務違反を問題にする余地はない。
(二) 請求の原因3(一)(1)の事実のうち、亡秀雄の四分の一トントラツクの運転経験が本件事故当日まで走行距離にして五六キロメートルであつたことは認めるが、その余の事実は争う。
亡秀雄は、自衛隊入隊前の昭和四九年一二月二日に第一種普通免許を取得しており、自衛隊入隊後の昭和五〇年一一月二六日から昭和五一年三月六日までの間、装輪操縦特技課程学生として陸上自衛隊岩手駐とん地自動車教習所に入所し、大型第一種免許を取得するための九週間の教育を受けた後、自衛隊の特殊性を考慮して引き続き実施された三週間の路外の砂地、泥ねい地の走行、夜間及び悌隊走行についての教育を受け、入所期間中の昭和五一年二月二〇日大型第一種免許を取得したものであり、しかも亡秀雄の運転適性格付けは適性、準適性、不適性のうちの適性であつた。
そして、本件事故現場の道路は、幅員五メートルの舗装された県道で、同所を通過するのに高度の運転技術を必要としたり、自動車の運行上危険を伴つたりするような急勾配、急カーブの箇所であるとは到底いえず、およそ自動車の運行に伴う自損事故が発生することは考えられない場所である。
更に、本件訓練コースは、岩手駐とん地から大石渡、沼宮内、寺田、平館、北森、寄木、田頭を経て焼走りに至る六二・七キロメートルであるが、亡秀雄は、本件車両を運転し、本件事故現場を問題なく通過して焼走りに向かい、途中の砂利道のヘアピンカーブも問題なく通過し、焼走り到着後、往路を引き返して勾配のある道路を下つて行き、本件事故現場よりも急な勾配及びカーブになつている右ヘアピンカーブをたやすく通過し、この間、堀籠助教は亡秀雄の運転技量に何ら不安を感じることはなかつた。
したがつて、亡秀雄が本件車両を運転し、焼走り方面から下り勾配の道路を下つて本件事故現場の道路を走行できる技量を十分に有していたことは明らかである。
(三) 請求の原因3(一)(2)の事実は争う。
亡秀雄が本件車両を運転し、本件事故現場付近の道路を安全に運転できる技量を有していたことは前記のとおりであり、原告らの主張は失当である。
なお、本件訓練において走行した道路は、国道から村道に至るまでの幅員七メートルから五メートルまでの道路で、全区間がほとんど舗装されており、未舗装区間は焼走り付近の二・五キロメートルの区間で、道路の幅員が特に狭いところもなく、走行に危険な場所もないが、あえて本件訓練コース中で運転の難しい箇所をあげると、事故現場から焼走り寄りに八〇〇ないし九〇〇メートルの地点にあるヘアピンカーブくらいのものであり、しかも事故現場から焼走りにかけて溶岩流見物のため常時観光バスや乗用車が走行していたことからみても、本件訓練コースの選定は適切であつた。
(四) 請求の原因3(一)(3)の事実は争う。
藤野教官は、本件訓練の前日、参加隊員を集め、車両の編成、参加人員、乗車区分及び訓練コースを徹底させ、常に安全速度を守ること、焼走り付近では速度を落とし、注意して運転することを強調して教育するとともに、訓練当日も出発前に参加隊員に対し、同様の教育をしただけでなく、到着地点の焼走りにおいても、参加隊員に対し、「帰路は、出発後二キロメートルの地点まではカーブ、下り坂、砂利道だからそれに適した走行方法を採れ。相手がこうするだろうとのだろう運転をするな。」といつて教育し、助教には安全走行の実施の任務を負わせた。
なお、事故現場付近での事故直前の本件車両の速度は、毎時約四〇キロメートルのようであつたが、右速度は事故現場のカーブを曲がるのに危険ではないし、正常な運転をする限りにおいては危険のない速度であるから、右速度で走行したことが本件事故の原因ではない。
更に、本件訓練では、常に前車の直後を走行することは義務づけられていないから、仮に本件車両を先頭の教官車の次に配列したとしても、藤野教官が本件車両の速度を統制できるものではないし、亡秀雄の四分の一トントラツクの運転経験が被教育者の中で一番少ないことを考慮して、現役で運転技量に優れた堀籠助教を本件車両に同乗させ、直後亡秀雄の運転の指導、監督及び安全走行の実施に当たらせていたのであるから、原告らの主張は失当である。
(五) 請求の原因3(一)(4)(5)の事実は争う。
4(一) 請求の原因4(一)の事実のうち、原告らが亡秀雄の相続人であることは認め、その余の事実は争う。
原告らは、亡秀雄が満五〇歳に達するまでの三〇年一か月間にわたつて陸上自衛隊に勤務するものとして、自衛官俸給表に基づいて逸失利益を計算しているが、亡秀雄は、任用期間が二年の隊員であり、死亡当時一等陸士であつたから、当然に陸曹となつて満五〇歳まで勤務できるわけではない。また、原告らは、別表第一の逸失利益計算において、昭和五一年七月一三日から計算の対象としているが、亡秀雄は本件事故により殉職した同月分の給与全額の支給を受けているから、同年八月一日から計算の対象とするのが正しい。さらに、原告らは、退職金の計算で支給率を六一・三八としているが、これは誤りであるし、生活費の控除をしていない点でも合理的ではない。
(二) 同4(二)の事実は争う。
同4(三)の事実は知らない。
同4(五)(1)の事実は認める。
同4(六)の事実は知らない。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求の原因1(当事者の地位)及び同2(事故発生に至る経緯及び事故の状況)は、事故現場付近道路の下り勾配の程度の点を除いて、当事者間に争いがない。
二 被告が公務を遂行する国家公務員に対し、その遂行する公務の管理に当たつて、国家公務員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき、いわゆる安全配慮義務を負つていること、亡秀雄が参加した訓練は、隊員の車両運転技術の向上練成の目的で計画されたものであること、藤野教官は、この訓練教育の計画、立案、決定及び実施に当たつて、指揮、監督及び指導する立場にあつた者であり、堀籠助教は、藤野教官の作成した訓練計画にのつとり、同教官の指揮、監督を受けながら、その計画を具体的に実施する立場にあつた者であり、いずれも被告の履行補助者として、亡秀雄の生命、健康等に危害が及ばないよう未然に防止する義務を負つていたことは、被告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
三 そこで、藤野教官ないし堀籠助教の安全配慮義務不履行の事実又は過失の有無について判断する。
1 事故現場付近の道路状況
成立に争いのない乙第一号証、第二号証、第四号証ないし第七号証、証人藤野哲郎、同堀籠信男、同米田米蔵の各証言及び検証の結果を総合すると、次の事実が認められる。
本件事故現場は、本件訓練コースの目的地である焼走りから約三キロメートル手前の県道焼走り線上の地点で、焼走りから田頭に向かう下り坂の終端が右へカーブする地点付近であつて、道路の幅員は約五メートル、下り勾配は二・七パーセントないし四・四パーセントで、カーブの曲半径は約二九メートルである。本件事故現場付近の道路はアスフアルト舗装されているが、約五〇〇メートル焼走り寄りの地点から焼走りまでの約二・五キロメートルの区間は未舗装の砂利道であり、事故現場から八〇〇ないし九〇〇メートル焼走り寄りの地点にヘアピンカーブがある。また、焼走りの溶岩流見物のため、観光バスや乗用車が常時事故現場付近を走行していた。本件訓練コース中の田頭・焼走り間で運転の難しい箇所といえば、右ヘアピンカーブの地点くらいのものであり、本件事故現場付近のカーブは、これに比べれば相当緩やかなカーブであり、通常の運転操作をしている限り、特に危険を感じるような場所ではなかつた。そして、本件訓練の往路において、本件車両を含む参加車両八両が田頭・焼走り間を無事通過し、復路においても参加車両のうち第一車から第六車までは、問題なく事故現場付近のカーブを通過した。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
なお、原告佐々木幸一郎本人尋問の結果中には、本件事故現場付近のカーブを曲がり切れず、道路外に脱輪した他の車両の形跡があつた旨の部分があるが、同人も通常の運転操作をしていればカーブを曲がることができることを認めているので、右供述は前記認定に反するものではない。
2 亡秀雄の運転技量
証人藤野哲郎、同堀籠信男、同米田米蔵の各証言及び原告佐々木幸一郎本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。
亡秀雄は、自衛隊入隊前の昭和四九年一二月二日に第一種普通免許を取得しており、自衛隊入隊後の昭和五〇年一一月二六日から昭和五一年三月六日までの間、装輪操縦特技課程学生として陸上自衛隊岩手駐とん地自動車教習所に入所し、大型第一種免許を取得するための九週間の教育を受けた後、自衛隊の特殊性を考慮して引き続き実施された三週間の路外の砂地、泥ねい地の走行、夜間及び悌隊走行についての教育を受け、入所期間中の昭和五一年二月二〇日大型第一種免許を取得したものであり、亡秀雄の運転適性格付けは適性、準適性、不適性のうち適性と判定されていた。亡秀雄は、右装輪操縦特技課程においては二トン半トラツクを運転して教育を受けており、四分の一トントラツクについては、隊内での給油、モータープールから隊舎までへの移動、ヘリコプターにジープを乗せるへリボン訓練等における走行距離にして約五六キロメートルの運転経験しかなかつたが、二トン半トラツクは四分の一トントラツクに比べて、大きさ重量とも大きく、運転席の位置も高い等、性能や運転時の安定性において多少異なるところはあるが、装輪操縦特技課程を終了しておれば、四分の一トントラツクについて正規の訓練を受けていなくとも、これを安全に運転操作する能力を身につけているのが通常であり、亡秀雄もその技量を有していた。
原告は、四分の一トントラツクは、他の車種のトラツクと比較して重心が高く、安定性が劣つていると主張するが、これを認めるに足りる証拠はないし、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。
3 事故の具体的状況
証人堀籠信男及び同米田米蔵の各証言並びに検証の結果によれば、亡秀雄は、焼走りから田頭に向けて本件車両を運転して、毎時約四〇キロメートルの速度で事故現場のカーブに差しかかつた際、本来なら道路左側部分を走行してカーブを曲がるべきであるのに、突然道路の中央を越えて右側部分に寄つて走行し始め、右側に寄り過ぎ、道路から脱輪しそうになつたこと、これを助手席で見ていた堀籠助教が、本件車両が道路右側に寄り過ぎたと感じ、思わず「危い」と叫んだところ、亡秀雄は、本件車両を道路中央に戻そうとしてあわててハンドルを左に切つたが、今度は道路左側へ寄り過ぎ、左前輪が道路の路肩からはみ出し、そのままでは路外のくぼ地に転落しかねない状態だつたので、態勢をたて直そうとして急激にハンドルを右に切つたこと、本件車両は、亡秀雄が急激にハンドルを右へ切つた勢いで、右側を下にして道路上に横転し、水平に回転して車両前部を焼走り側に向けて道路右側部分に止まり、亡秀雄は、横転時に路上に投げ出され、車両後方に倒れていたこと、堀籠助教は、亡秀雄が事故現場のカーブにおいて、突然道路の中央を越えて右側部分に寄つて走行しようとは、同人の日頃の運転操作及び事故当日のそれまでの運転操作から予見することができず、その直後の亡秀雄のハンドル操作についても瞬間的な出来事で、防ぎようがなかつたこと、がそれぞれ認められる。
なお、証人小滝文雄の証言中には、本件車両は事故現場のカーブにおいて、道路外左側の深さ六〇ないし七〇センチメートルのくぼ地に一たん転落してからバウンドしてまた道路上に戻つて来たと思う旨の証言があるが、右の供述は、本件事故後に警務隊員として現場の実況見分の補助に当たつた同人が車両の状況等からみて推測した事故の態様にすぎず、これを客観的に認め得る証拠はなく、右各証拠に照らしても、直ちに採用することはできない。
また、本件事故現場のカーブの曲半径は約二九メートルであり、本件車両の事故直前の速度が毎時約四〇キロメートルであつたことは前記認定のとおりであるところ、成立に争いのない甲第二号証によれば、社団法人全日本指定自動車教習所協会連合会発行の「安全運転の知識」という小冊子には、曲半径が三〇メートルのカーブを安全に通過できる速度は毎時三〇キロメートルであり、毎時四〇キロメートル以上は危険な速度であるとの記載があることが認められるが、証人米田米蔵の証言によれば、本件車両の直前を進行していた米田米蔵運転の第六車は、毎時約四〇キロメートルの速度で事故現場のカーブを無事に通過していることが認められるので、本件車両が事故現場のカーブを毎時約四〇キロメートルの速度で走行したからといつて、直ちに運転操作上危険があり、これが本件事故の原因となつたものとは認められない。
そうすると、本件事故の原因は、亡秀雄が事故現場のカーブで突然道路右側部分に寄つて走行し始めたことに起因する前記のような異常な運転操作にあつたものと認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 藤野教官の安全配慮義務違反又は過失の有無
(一) 前記1ないし3の事実に照らすと、四分の一トントラツクに関する亡秀雄の運転技量が未熟であり、また、事故現場付近が走行上危険な場所であるとはいえないし、前記のような亡秀雄の異常な運転操作がなければ本件事故は発生しなかつたのであるから、藤野教官が亡秀雄を本件訓練に参加させ、本件車両を運転させたこと、及び本件コースを訓練コースに選定したことに、安全配慮義務違反又は過失があつたものと認めることはできない。
(二) 前掲乙第二号証、成立に争いのない乙第八号証、証人藤野哲郎、同堀籠信男及び同米田米蔵の各証言を総合すると、次の事実が認められる。
藤野教官は、自ら調査、計画した訓練案につき、計画図、コース、時間、乗車区分、人選等を記載した訓練計画書を作成し、隊長の決裁を得た。右訓練計画によれば、参加車両の走行速度は、岩手駐とん地から平館までは時速三〇キロメートル、それ以降焼走りまでの往復は時速二五キロメートルと設定されていたが、実際には、岩手駐とん地から沼宮内まで及び平館から北森までの国道区間では時速約四〇キロメートル、それ以外の道路では時速三〇ないし四〇キロメートルで走行した。藤野教官は本件訓練の前日、参加隊員を集め、初め助教に対し教官の意図を理解させるため、次いで全員に対し本件訓練の要領を理解させるため、車両の編成、参加人員、乗車区分及び訓練コースを指示説明し、常に安全速度を守ること、焼走り付近は砂利道なので速度を落として運転すること等を指導した。藤野教官は、訓練当日も出発前に参加隊員に対し右同様の指導をしただけでなく、到着地点の焼走りにおいても、参加隊員に対し、出発後二・五キロメートルの地点まではカーブが多く下り坂、砂利道だからそれに適した運転方法を採り、前車との車間距離があいても急がないこと等を指示した。また、藤野教官は、亡秀雄の四分の一トントラツクの運転経験が参加隊員の中で一番少ないことを考慮して、現役で運転技量に優れた堀籠助教を本件車両に同乗させ、直接亡秀雄の運転の指導、監督及び安全走行の実施に当たらせていた。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そして、前記のとおり、本件事故は、堀籠助教が予見することも防止することもできないような亡秀雄の異常な運転操作により発生したものであるから、仮に本件車両を先頭の教官車の次に配列したとしても、防止することができないものであつたというべきである。
右の各事実からみると、藤野教官が訓練計画の立案策定及び被訓練者に対する指導教育において、訓練を安全に実施すべき義務を怠つたものと認めることはできないから、この点においても、安全配慮義務違反又は過失があつたものと認めることはできない。
5 堀籠助教の安全配慮義務違反又は過失の有無
前記のとおり、本件事故の原因は、亡秀雄が事故現場のカーブで突然道路右側部分に寄つて走行し始めたことに起因する異常な運転操作にあつたこと、堀籠助教は、亡秀雄が右のような運転操作をすることを予見することができず、また瞬間的な出来事で防ぎようがなかつたこと、本件車両が事故現場のカーブを時速約四〇キロメートルで走行したからといつて、直ちに運転操作上危険があつたとは認められないこと、に照らしてみると、堀籠助教に安全配慮義務違反又は過失があつたものと認めることはできない。
四 以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北川弘治 芝田俊文 富田善範)
別表第一
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別表第二
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別表第三
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